もくもく

これは存在証明の煙

サイダーのもう一つの顔 - DOES『サイダー・ホテル』

『サイダー』という飲み物はしばしば爽やかなものの例えとして使われる。透き通った甘いあの液体は喉を通るときのぴりぴりとした痛みすら心地よさに変えてしまうのだから大した飲み物だ。しゅわしゅわ泡をあげるさまはなんだか刹那的で、その透明感や爽やかさと相まって人は儚くて甘酸っぱいような事象とサイダーをリンクさせるのだろう。例えば青春とか。

しかし『サイダー』にはもう一つの裏の顔がある。ひとたび時間が過ぎて炭酸が抜けてしまえばあとに残るのは砂糖水の甘さだけ。爽やかで、しゅわしゅわしていたぶんだけ残された砂糖水の甘さとベタベタは後を引くし不快感さえ覚えさせる。

そう。サイダーは爽やかでもあり、また甘ったるくもあるのだ。

 

サイダー・ホテル

サイダー・ホテル

  • DOES
  • ロック
  • ¥255

このサイダーの一面をうまく応用した曲がDOESの『サイダー・ホテル』だ。

メロディはDOESの曲の中でも重厚感のあるほうで、個人的には『トーチ・ライター』と良い勝負なのではないかと思う程だ(あくまで個人的な感じ方だけど)。『銀魂』の『バクチ・ダンサー』や『KNOW KNOW KNOW』が好みという人にとっては少しびっくりするかもしれない。

とてもとても低くて渋いこの曲はとても『サイダー』とは縁がなさそうだけれど、でも紛れもなく『サイダー』を表している。

それは2番のサビを聴くとわかる。

ガス欠のサイダー

疲れているんだ

瞼の奥で落としたブレイカ

生ぬるいサイダー

ドロドロしてる

夢幻に引きずり込まれたい

これこそサイダーなのだ。気が抜けて生温かさと甘さだけを残した、爽やかさのかけらも無くなってしまったサイダーの“残骸”。これもまたサイダーなのである。

 

この曲に出てくる人はとても気怠そうで、視界も暗そうだし生きる気力もとても残ってなさそうだ。それが私みたいだった。私だけじゃない。きっと疲れ切っている人に当てはまる心情だ。メロディの重さは心の重さに比例しているのだ。

キャップを開けたばかりの新鮮なサイダーが“青春”なら、このドロドロとしたサイダーは疲れくたびれてしまった現代人を表しているのだろう。日々どうにもならない現実に追われながら、しゅわしゅわと消えてしまいそうな“あの頃”を夢見ている私たちを。

 

『サイダー・ホテル』に出てくる気の抜けたサイダーにばかりフォーカスしてしまったが、1番のサビではボトル開けたてのサイダーが描写されている。キレキレの痺れたサイダーと重厚感のあるメロディはちぐはぐなようで絶妙に噛み合ってこの曲をより渋く格好いいものにする。

また、タイトルにあるもう一つの“ホテル”の要素もちゃあんと歌詞に組み込まれている。その辺りはぜひ一度自分の耳で聴いていただきたい。

決して説明を丸投げにしたわけではないのだけれど、多分、聴いたほうが早いし、DOESの言葉遊びは本当に天下一なのでとにかく聴いたほうがいい。特にこの『サイダー・ホテル』の歌詞は天才的で私の語彙なんかでは全く言い表せないのでお願いだから聴いてほしい。最終的にすごく強引なまとめ方になってしまった。

お知らせ - エッセイ、戻しました

タイトルの通りです。少し前に分離したエッセイもどきたちを4/22付でこのブログに戻しました。そのため、色々といじった箇所があります。ブログタイトルなんかもそうです。いい加減固定しろ。

保管場所を他所に移していたエッセイをここへ戻した理由は単純で、単に書き分けが面倒になったからです。ずぼらか。どうせ書くなら同じ場所のほうが楽ですもんね。

すごく軸がブレブレの私ですが、いつかブレが菊丸みたいに残像になって分身できるようになるのが目標です。よろしくお願いします。

最後になりますが、こんな辺鄙なブログを立ち止まって読んでくれるみなさま、ありがとうございます。

流行の先を走るパパの靴

初めて行く美容室で髪を切った。切ってくれたのは黒髪を綺麗にまとめたお姉さんだった。 私はショートカットにした。昔っから髪の毛はよく短くしていたから抵抗は全くない。

店に初めて来た私にお姉さんは色々話しかけてくれた。 話によるとお姉さんはよく髪の毛も染めたし髪型も色々なものに挑戦していたらしい。けれどある時から落ち着いた髪型にするようになった、と言った。

「年齢的にそろそろ落ち着かないといけないな〜と思って」と。

「ああ…そうですよねえ。年齢的に、落ち着かないと…そっかあ」と私はかなり上の空な返事をした

内心かなり焦っていたからだ。そうか、歳を取ったら『理想の髪型』と『年齢に相応する髪型』の狭間で選択に迫られないといけないのか、と。

お姉さんは若い頃は限りなく白い金髪や刈り上げにも挑戦したという。

とても素敵だと思う。今のお姉さんがそういった髪型をしていても全然おかしくないと思うし、見て見たかったとすら思う。 そういう発想はおかしいのだろうか。

年齢が進むにつれて私たちの選択肢は狭まって、そうやって世間の固定概念に自ら飛び込んでいかなくてはいけないのだろうか。

今は若い娘がお父さんのお下がりのパジャマを平気でお洒落に着こなす時代だし、何なら時代の最先端をダッドのスニーカーが走っている。

逆にsupremeのトレーナーを着ているおばちゃんは見たことないけれど、着ていたとしても変だとは思わないし寧ろイカしてるおばちゃんだなと私なら思う。

関係ないけど、その日の帰り道で見かけた、WindowsパソコンのスクリーンセーバーみたいなMicrosoftのロゴが入ったジャンパーを着ていたおばちゃんが何故だかまぶたの裏に張り付いて消えない。

私たちが攻防を繰り広げるべきは、己の年齢ではなく、本当は世間の目なんだろうなあ。

やっぱスニーカーしか勝たん

この世の人たちは皆、老若男女揃ってヒールを履いている。
それは折れそうなほど細くて見ていてハラハラするようなピンヒールかもしれないし、一見ただの靴のようなシークレットブーツかもしれない。

私たちはそれぞれのヒールを履いて、背伸びをする。
賢そうに、美しいように、善い人そうに、偉そうに、強そうに、見せるため。

だからひどく疲れる。浮腫むし時には靴擦れを起こして歩けなくもなる。それでも私たちは背伸びすることをやめられない。
やめてしまったらもう誰も私を見てくれなくなってしまうような気がして。

実はそんなことはなくて、素足のままでも好きでいてくれる人は実は近くにも遠くにも結構居たりして。
視界が下に降りたぶん、見えなかったものが見えて楽しいものだ。やっぱり長距離歩くなら靴。

まず電車で立つところより始めよ

ソシャゲのガチャ、ブラインド仕様のトレーディンググッズの中身、イベントの当落……

オタクには積んできた徳を試される場面が山ほど存在する。その局面を迎えようとするたび徳を積まなければと意気込むが、下心丸出しの徳を神様は徳であると認めるのだろうか。

人の世は108では収まりきりそうにない煩悩との闘いの軌跡である。

独り言で一日つくった

8:46 A.M.

朝、目覚ましよりも早く目が覚めたら二度寝せずに起きよう、とか。そういう少しの行動から人間としての尊厳を保っていきたい。

12:03 P.M.

やたら行く先々で蜘蛛の糸ばかりをよく見かけた時があった。もしかしてお釈迦様の救済?
私が居るのは地獄なのか。

1:02 A.M.

寝る前のネットサーフィンがやめられないのは寂しいからだと自覚している。昼間はあれだけ眠かったのに、いざ布団に入り瞼を閉じるとその布団の冷たさと視界の暗さになんとなく寝付けない。そうして次の日の朝に地獄を見る。寝よう。

シャットダウン

どうしようもなくやる気の出ない日がある。眠いし身体が重たいし、今までどうやって生きる気力を捻出していたのか忘れてしまった。もう早急に閉店ガラガラしたい。
このどんよりした天気が私をそうさせるのだろうか?恨めしくて鈍色の空を睨みつけるけれど、憂鬱なときに空がぴかぴかに晴れていてもそれはそれでウザい。

重たい空を見ていたら何だか頭まで重くなってきた。そして締め付けられるように痛い。頭に何か輪のようなものが嵌められているみたいだ。私は令和の孫悟空か、とか自分でツッコミを入れてもゼンゼン面白くない。一撃必殺のバファリンも効かないし、そろそろバファリン神話も崩れてきたかとぼんやり思う。それは大変困る。
こういうときは二酸化炭素を排出するくらいしか出来ることがないので早々にシャットダウンするのが吉だ。

瞼の裏は何も映さない液晶画面と同じ色をしている。